これまでパイの拡大によって吸収してきた余剰人員にかかるコストに企業が耐えられなくなり、人員整理が始まっている。
企業側から終身雇用が否定されたわけだ。
に、ピラミッド組織の底辺を支えてきた若年労働者が出生率の低下によって今後二○年間は減少し続けること。
万が一、再び経済が成長を始めたとしても、年功序列を維持することは物理的に不可能になったのである。
に、社会全体の経済水準が上がり、労働の目的が生活給の確保から自己実現へと転換したこと。
どんな仕事をしても毎日の生活を維持するだけの賃金は得られるような社会になったため、労働者が一つの企業にしがみつく必要がなくなった。
したがって転職が一般化し、終身雇用が労働者側からも否定されたのである。
に、ジョブタイプがマニュアルレーバーからヒューマンワークに転換したこと。
熟練の度合いが高まるほどアウトプットが向上するマニュアルレーバーだからこそ合理性を持ちえた年功序列は、個人の能力や資質によってアウトプットにきわめて大きな差を生じさせるヒューマンワークの時代になって、完全にその存在意義を失った。
これからの人事マネジメントを考える場合、このジョブタイプの転換が最大のキーポイントになる。
そもそも、ほとんどの業務がマニュアルレーバーだったからこそ企業は家であり社員は家族でいられたのだ。
個人の力量によって生産性の差が一○○倍以上も開いてしまうヒューマンワークの時代になると、もう家族的な調和によって企業全体のアウトプットが向上するなどということはあり得ない。
つまり、ハイテクの進歩によってもたらされたジョブタイプの転換は、日本的雇用システムのコアであった〃家″の概念を根底から覆す大事件なのである。
それに伴って人事制度が根本的な転換を迫られるのは当然である。
これまでの人事部の最大の役割は、集団モラルをコントロールすることだったのだ。
それがイコール集団の生産性向上をもたらす最善の方法だったし、実際に日本企業の信じられないまでの強さを形成してきた。
しかし、今日業務の主流がヒューマンワークになって、この方法論は通用しなくなった。
人事部は抜本的にマネジメントの方法論を転換せざるを得なくなっているのだ。
要するに、いま日本企業に求められているのは、全く新しいマネジメントシステムの構築、象徴的な表現をするなら「ポスト終身雇用」のマネジメントシステムなのだ。
三種の神器への郷愁を捨て、ヒューマンワークの時代が到来したことを念頭に置きながらマネジメントシステムの基軸転換を行わなければ、日本企業が冬の時代から抜け出すことはあり得ないのである。
マニュアルレーバーがコンピュータやロボットによって代替されるようになったのは、一九八○年代のことである。
そこで人間にしかできないヒューマンワークが業務の主流となり、年功と無関係に生産性に大きな個人差が生じるようになった。
その時点で、すでに企業の年功序列型ピラミッドは合理性を失いはじめていたわけだ。
この事態に人事マネジメントの面から対応するため、八○年代の日本企業において、旧来の年功序列性とは基本的考え方を異にする二つの試みがなされている。
職能資格制度とMBO(方針目標管理)である。
本来この二つは、日本企業に起きている構造的変化に対して適切な対応策を提起する可能性を持つ、きわめて合理的なシステムだといえる。
ところが導入された現状を見ると、決して有効な解決にはなっていない。
なぜなら、職能資格制度もMBOも本来の理念や狙いを踏まえた運用法とは違うかたちで運用され定着してしまっているからだ。
どんなに優れた道具でも、使い方を誤れば何も生み出さない。
そのため年功序列制度が持つ弊害をかえって隠蔽してしまい、むしろその解決を遅らせる結果となってしまったのである。
職能資格制度とは、文字どおり職務を遂行する能力に基づいて会社内での資格を与えるシステムのことだ。
これによって、会社の事情で課長や部長といったポストに就いていない人でも、同じ能力があれば課長や部長と同じ待遇を受けられるようになる。
つまり、課長という肩書を持っている者も、課長になり得る能力を持った者も、同じ資格等級と賃金を得られるわけだ。
この制度が導入された背景の一つには、事業環境の変化のサイクルが非常に短くなってきたという事情がある。
五○年代〜七○年代は事業構造や事業環境の変化が単線的でかつ穏やかだったため、事業戦略を一○年、二○年の単位で考えることができた。
したがって、同じような業務組織を固定したままで遂行することができた。
この状況では社内のポスト構成も簡単には変わらない。
ところが七○年代後半から八○年代にかけて世の中全体の変化が激しくなると同時にプロダクトアウト型の事業展開が限界を迎え、事業を取り巻く環境も短いサイクルで激しく変化するようになった。
それに応じて事業戦略もめまぐるしく変化せざるを得ない。
そのため、ポスト構成も次から次へと早いテンポで変わっていく。
すると、たとえ高い能力を持っていても、たまたま戦略上の都合で本来のポストに就けない者が出てくるし、また少し事業戦略が転換すれば、彼らはすぐ重要なポストに就く必要もでてくる。
そこで職制上のポストと能力を切り離し、職能に対してはポストとは独立にそれに応じた資格を与えることによって正当な処遇と賃金を保障しようとしたのである。
社内でのポジションを、課長や部長というライン上のポストと、能力に対応した資格という二系列に分類し、職務上の権限は前者によって、処遇は後者によって決まるようにしたわけだ。
個人の能力をベースにしたマネジメントという意味で、まさにヒューマンワークの時代に適合したシステムだといえるだろでは、この合理的なシステムはどのように誤用されたのか。
事業環境の変化が激化した八○年代というのは、日本ではちょうど団塊の世代と呼ばれる人々が管理職に就く年齢に達した時期である。
ところが彼らは突出して人数が多いためポストが足りず、他の世代のように全員が同時に課長や部長になることができない。
無理やり全員を課長にすると「部下なし課長」が続々と誕生して、年功序列のピラミッドが整合性を失ってしまう。
だからといって、〃家″の概念に基づく一律平等の原則を崩すわけにもいかない。
たとえば同期生が一○人いるのに課長のポストが三つしかなく、七人が課長に昇進できないということになれば、家族的経営の根幹を揺るがす一大事になる。
そこで、ライン上のポストがなくてもある面では同じ〃位″を与えることにもなり、その〃位″に基づいて同じ賃金を与えられる職能資格制度が利用された。
本来は能力の有無によって決められるべき資格等級が、単に勤続年数によって与えられることとなった。
つまり、名前は職能資格制度でも、実質的には年功資格制度として運用されたのである。
したがって、たしかにポスト不足の解消には役立ったものの、その成果を帳消しにしてしまうほどの弊害を企業に与える結果となった。
ヒューマンワークの時代に逆行するかたちで、個々の人材の能力格差を隠蔽し、形式上は同等の能力を持つという保証を全員に与えることになってしまったのだ。
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